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『おめめどう』さんの、自閉症・発達障害への視覚的支援が広まることを願っています!
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今でも、思い出す味がある。
若い頃、勤めていた会社横にあった中華料理店で食べた天津飯。
天津丼、とも呼ばれるようだけど、確かお品書きには飯(ハン)、だったと思う。
それまで食べたことがなかった。

お弁当持参の時期もあったけど、お昼にそのお店に行くときは、よく頼んでいた。「1日1個、玉子食べるんです」とか言って、先輩の方々にウケた思い出(?)がある。
大阪の本町界隈。(今の自分が当時の自分になって今より体力あったとしても、家から遠くて勤務地として選ばなかっただろう…業種にひかれたけれど、無理をしていた)

今では足を運ぶ機会もないけれど、
あのお店もいつしかなくなってしまい、二度と味わえることはないけど、
どこか自分の中で覚えている。
今あの味に出会ったら、そうそうこの味…!と言えるような。

レンゲでいただくから、よけい美味しく感じられるし、
自分ではとても作れないプロの味。

残業で遅くなった日には、途中の梅田で食べて帰ることもあり、
すっかり好物になっていた天津飯を食べたことも。
お店の名前も覚えていないけれど、そこのも美味しくて…。

こうして書いていると、近々、どこかで食べたくなる(^^;

色々、食事にも助けられてきている、とあらためて感謝。

今現在、ホッとできるひとときも。
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今月(まだ三日ほどありますが)、色々ありましたが、
過ごしやすい気候にも助けられる日々でした。

夫は親戚の結婚式で関西へ行ってまいりました。
以前、体を痛めた経緯があるので、色々大事をとりながら…。
重い荷物を持つのはよくないので、宅急便のお世話になり。ありがたいことです。家族皆、調子をとりながら、です。

娘は少し体調を崩し、病院のお世話にもなりましたが、お陰様で復活しております。
感覚過敏からなかなか難しかったのですが、遅ればせながら、錠剤タイプの薬をのめるようになりました。かなり大きめのものだったので、いきなりのめたこと意外だったけれど感謝。

私の方は、結婚式と一週ちがいで、父の兄にあたる伯父がなくなり、
都内の郊外まで行ってまいりました。
しばらく前から入院している、と聞いた矢先のことでした。
別れは寂しいことだけれど、天国で再会できることを思い、
ありがとう、またね…、と言葉をかけてきた。
よく言われるけれど、故人が皆を呼び集めてくれた形だったのだろう。
父にも会い、おば達の昔話(空襲や、祖父母、親戚の話など)を聞いた。
伯父のことを通しても、こういう年代になってきたのだ、と時を感じることです。内面の整理、だいぶできていて良かったと思う。

なくなった人は至福の中にいて、喜びに浸っているというその人の幸せをともに味わう、という喜びで自分を幸せにしていくのがもっとも大きな供養、との良いメッセージをいただきました。(読み返していたシスター鈴木の「奇蹟は自分で起こす」で、最近、ちょうど行き当たった)
式は仏式(たぶん)でしたが、それぞれ、納得いく安らぐ想いでいられたら、と思います。

実家のことも、最善に…と、祈っていくしかありません。

近くの公園の緑や、ベランダの花たちにも癒されています。
GWに店頭で選んできた、名前も知らない花も混じるけれど、どの花も一緒。
その中のペチュニア…、中学、高校とあと少し住んでいた故郷のマンションのベランダでずらっと育っていた花、今は懐かしく想う。色の種類が多いようだけど、今、我が家で咲いているのは、淡いクリーム色。
その建物の前に、現在、建っている瀟洒なハイツに、友人が住んでいる。(なんという巡り合わせ。一度、帰省の折にお邪魔した)

少々かしこまってしまいましたが、
皆様の益々のお幸せをお祈りしております。
過去はすべて神のあわれみにまかせ、
現在はすべて神の深い愛情にゆだね、
未来は神の偉大なる摂理、
つまり神のあなたに対する計画に、すべてをゆだねなさい。
                聖アウグスティヌスのことば
GW、かなりの冷え込みもありながらですが、
今日はそれも緩んできたみたいです。


前回の記事と繋がるようであるけれど…、
心の方、結婚後も色々、段階を経てきた。
そして娘が与えられ、育児で精一杯のような年月を過ごし…、
(結婚後半年ほどで、故郷の牧師先生とお知り合いだった牧師先生のアットホームな教会へ導かれたことは、私にとって大きなお恵みだった)

娘の発達面がわかってからは、自分なりに色々感じたり、考えたりもしながらきた。未熟者ゆえ、これからも失敗しながらだろうけれど。

当初は、それまでの不可解な違和感のようなものの謎が解けたようにすっきりはしたし、反面、どうしていったらいいのだろう?という不安もあった。
センターの専門家(臨床心理士)の先生には、ずいぶんお世話になってきた。
視点のようなものを教えられ、娘のどんな小さな変化も喜んでくださることは
大きな励ましともなってきた。

これまで数年、まだまだ理解が浅いので、学んでいかねば。お導きをただ感謝。私自身、娘と似たところもあるのだろうし、そういうところからも視ていければ。


娘のことに向き合うまで、その数年前より、自分の過去(育った家庭)にあらためて向き合う時も持っていた。(今から思えば、このことがある程度できていてよかった・でないともっと余裕がなかっただろうから)

これは自分にとって本当に必要なことで(というか必要に迫られるように)長年の想いが噴き出すような辛い時期でもあった。風呂掃除をしていても、突然、ぼろぼろ涙が出るような…。
そんな中、学校や子供会のお役目も何とか果たせたことも、自分の力だけではなかった。

夫や牧師先生にまで話を聴いていただいたりもした。迷惑をかけてしまった事もあったと思う。
まだ小さかった娘の前でも、できるだけ影響のないよう気をつけたけれど、よくない面もあったことだろう。

いかに自分の本心を無意識的に押し込めてきていたことか…。
誰でも自分の親を悪くは思いたくない、という気持ちもあるだろうし(自分自身の弱さもあったけれど、それがすべてでもなかったので)もともと平和を求める気持ちが特に強いみたいなので、感情を鈍麻させながらも、本質では敏感に反応していたのかも。

認めたときはなぜか心臓がドキドキしたものだった。
(もちろん親のすべてが悪いわけではないし、感謝の気持ちもずっと根底にあったし、今はあの時を通ったからこその関係もそれなりに築けてきている)本来の時期にも少しはあったが、遅すぎる反抗期だったようだ。(苦笑)(反抗期も個人差がありますが・夫は兄のものを見ていたので自分のはあまりなかったそう、性格にもよるかもしれない)

父も母も傷が癒えていなかったけれど、根が明るいところもあり、ぱっと見はごく一般的な家庭にも見えていたのでしょう。現に笑いもあったりしたのだけど、今思えば、変な家でした。笑いがあるというのは、悪いことではないですね。
別に変わっていてもいいのだけれど。大事なところが通っていれば…。(しかし、底の底のところでは、やはり通じていたのだろうし、複雑なもの・愛情を受けたのだけど、本物でない愛情もあったので…)

…心の傷の膿を出す作業は、大変なものです。(この事に限らず、大変さが不幸ではないとは思いますが・どうとらえるかによるもので)
私のような、父親が手をあげるような暴力はなかった家庭ですら、そうなのだから、もっと大変な方々はどれほどか、と思うことです。
さまざまな状況で、今、辛い想いをされていらっしゃる方は少しでも楽になられますように、と祈るばかりです。

私よりももっと恵まれたご家庭、環境でも、辛さを感じられた方もいらっしゃるかもしれない。
人によって、感じ方は異なるので、うまく表現できないけれど、自分と同じ物差しでははかれないと思っています。
育った環境も、千差万別とも言えるほど、まったく同じということはないでしょうし。

…それでも、その後、急激というわけではなくても、その想いは徐々に癒されていくのですね。(私の場合は徐々に、です。まさに劇的に癒される場合もあるでしょう)

どれほど癒されているのかデータで見えるものでもないので、まだ大事なところも残っているかもしれない。

ただ、ひとつ言えることは、やはり心持が底のところから軽くなって(乾いて?)きている感覚なので(途中、娘の発達面が加わったということがあっても、こちらも時間の存在というものも大きい)感謝しています。
その時その時、尊いお恵みをいただきつつ…。

acacia[アカシア]*松任谷由実
 一曲音楽をはさませていただきます。若い頃特に支えられたユーミンに敬意を表して。


今までの人生(大袈裟な表現ですが)色々な事、場、人、繋がりに励まされてきました。
まず自分で自分の世話(ケア)をする、ということもここ数年を通しても、学ぶような時間だったと思う。

傷が傷を癒す、という言葉。とても深い…。

リラックスしながら、一日一日大切にいこう。

これからの歩みにも色々な事があり、感謝できないような時もあるだろうけれど、それもなにか意味のあることととらえて…。

ここで言葉にしておきたくて記事にしたけれど、自分の思っていることを正確に文にするのって難しい、何度も書き直しました。

支離滅裂で長くなりましたが…、
皆様の大切な日々が、ますます光輝くものでありますように(^^)


桜のパーツを見つけました。時おり、ブログ内を葉っぱが舞い降りているかもしれません。
…かなり年月の隔たりがあるけれど、今に繋がっていること。

実家にいた頃、教会に行き始めていた頃かその前だったか忘れたけれど、
やや離れた、細い幹線から少し入ったところに小さな川があり、
その小さな土手(タンポポが咲いていたような)へ
ひとりになりたい時に、たまにふらっと行くことがあった。
50ccの小さなバイクで。(バイクは重宝で、礼拝に乗っていったりもしていた)
ふと思い出すことがある。

当時は何だかわからないもやもやを感じていて、
なにか消化したい思いがあったのだとは思うけれど、
思えば、あの事も自分にとっては大きな行為、時空間だった。

周囲の気配を感じながら、じっと水の流れを眺めたり、
すぐ近くの地面をひたすら見たりもしていた。
何となく重苦しい気持ちも抱えながらだったけれど、少し和らぐようだった。

本当に辛かった時期には病院のお世話になったこともあるし、
ある頃まで、その頃は振り返れないほどだったけれど…。

やっぱりあの頃があったから、それが今プラスとなっているということは
実感するから、無駄やマイナスではなかったのだと。

あの場所へ、いつか行くことがあるのかどうかわからない。
機会があれば行ってみたい気もする。できれば一人で。
でも、行くことがなくても、それはそれでいいのだと思う。
自分の心の中で大切に思っていればそれで。
(今は当時とはすっかり変わっているかもしれない)

あの頃の柔らかい日差しに感謝したい。
何も言わずとも、自分を包んでくれていた自然に。
当時、寄り添ってくれていた音楽たちにも。
そして、生まれてからあの頃まで、
その後、今まで出会った(間接的にでも)すべての方に感謝して。
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プロフィール
HN:
fuwami
性別:
女性
自己紹介:
関東在住のマイペース主婦です。(関西出身)
小さな(自分にとっては大きな)幸せを大切にしながら…

おめめどう(自閉症・発達障害支援の会社)さんの視覚的支援等が広く伝わっていくことを願っています。

大切なもの*
映画, ドラマ, 音楽, 本, (ずぼらな)ガーデニング, 色彩, 散歩, 自然, Amy Grant , ユーミン, 小野リサ, Mezzoforte, エニアグラム(9つの性格), 聖書…etc.

*ゲシュタルトの祈り('13.1.11の記事)
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